【旧優生保護法】活動報告です!

 こんにちは。旧優生保護法チームです。

 旧優生保護法チームでは、先日、NHKのクローズアップ現代を視聴して、学習会を実施しました。是非ご覧ください!

 

1、旧優生保護法の概要

 旧優生保護法に基づく強制不妊手術は、平成8年まで実施されていました。手術件数は現在把握できているだけで、1万6000件以上あり、知的障がい者や精神障がい者が不良な子孫を残さないために、強制的に不妊手術が実施されていました。また、貧しくて学校に通えず知能が低い人や非行を繰り返していた人にも知的障がいや精神障がいの疑いがあるという理由で、手術を受けさせられていました。

 そして、このような政策の背景には、不良な子孫を排除し、優良な子孫だけを残すという優生思想があります。まさに、国による命の選別が行われていたということです。

 また、異なる手術の説明をしたり、国からは手術中に拘束をしても良いという通知が出されていたそうです。

 

2、当事者の声~飯塚淳子さん(仮名)~

 飯塚さんは、知能テストの点数が低く、軽度の知的障がいがあると診断されたため、16歳のある日、何も告げられないまま、卵管を縛る不妊手術を受けさせられました。そして、自分が手術にあったことは、両親の会話を聞いて知ったそうです。

 その後、20代の時に結婚しましたが、子供ができず離婚し、30代の時に再婚しましたが、夫に自分の身体は子供ができない身体と言ったところ、夫は出て行ってしまったそうです。

 飯塚さんは、「子供を見ると、自分にも子供がいたら、こういう家庭だったのかなと羨ましく思う。16歳の時に戻りたい。手術が憎い。」と仰っていました。

 また、飯塚さんは、後日医師による診断を受けた結果、知的障がいはなかったと言われたそうです。

 

3、職員の話

 障がい者施設の元職員である方によれば、地域ぐるみで、積極的に精神障がい者を探していたそうです。手術の実態としては、民生委員や学校、親、警察から、「あの子は、どうやら頭がおかしいんじゃないか」などの声が寄せられ、それに基づき子ども達が集められて、医師の診断及び県の審査会を経て、同意なしに手術が行われていました。

 また、宮城県では、昭和32年に「愛の県民運動」という運動が呼びかけられ、障がい者施設を作ることや不妊手術を徹底すること、障がい者が子どもを産まないようにするのが本人と家族の幸せであると言われていたそうです。

 

4、訴訟の壁

 そして、手術を受けた方が、勇気を出して国に対して謝罪や救済を求めて声を上げても、手術記録を入手することができないという壁があります。手術を受けたとされている人の8割の人の記録が残っていないのです。

 東京在住の北三郎さん(仮名)は、裁判の準備を進める中で、手術の記録を開示請求しましたが、廃棄されたと回答されたそうです。また、北さんは、不妊手術の痕があり、手術自体を受けたということは証明できるが、その手術が強制であったということは証明できないという壁に直面していました。北さんは、「どうすれば良いかわからない。国は、私たちの思いを組んでほしい。」と仰っていました。

 

5、海外の取り組み

 海外では、旧優生保護法と同様な強制不妊手術について、国は、人権侵害であったことを認めた上で、具体的な仕組みを作り、謝罪や補償を行っています。

 スウェーデンでは、国の補償委員会が必要な資料を本人に代わって入手する仕組みが整備されているそうです。また、ドイツでは、手術の決定の通知書がなくても、手術痕やカルテから専門医が鑑定し、手術を受けたことを認定する仕組みが整備されているそうです。

 

6、まとめ

 障がい者への差別意識は今も残っており、結婚や出産を諦めさせることや実際に不妊手術をさせられたケースもあるそうです。旧優生保護法に基づく強制不妊手術の実態が明らかにされようとしている今、この問題を再び埋もれさせてはならないと、私たちは考えます。

 23日の企画では、本ブログ以外の当事者の方から強制不妊手術の実態についてのお話をお聞きしたり、弁護士の方から訴訟資料の収集の仕方、今の裁判の動向についてのお話をお聞きします。是非ご参加ください。

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